| 私は販売の仕事を何年かしていたのですが、仕事に対してやり甲斐を感じず、このままで良いのだろうか?? という漠然とした不満や不安をもって生活していました。元々自己流で気功をやっていた事もあり、この方向で仕事をしたいとインターネットで検索、「理学気功」と出会ったのです。
自己流ではありますが、従来の気功はそれなりの治療効果を得ていました。例えば妹の長男に白斑(皮膚の色素抜けて白くなる)があり、そこに指を当てて色素を蘇らせるなど。ただ放っておくと再び症状が進行するので、その度に気功治療を施すというイタチごっこでした。こうした表面的な症状を追う治療コンセプトは著しく誤ったものであると知る事になるのですが、それについてはまた後程記載します。
無料体験セミナーを経て研修生となり、1年ほどでインターンをさせて頂く事になりました。治療院にいらっしゃる患者さんを直に見ていますと、身体の状態だけでなく、精神的にも成長されていく姿が強く印象に残ります。その人の自律的な心身の改善━━治療や毒出し過程で様々な気づきをもたらし、成長を自然に促すのだと感じています。
施術者と患者との関係は対等で、そこにあるのはセラピストと患者という役割の違いだけです。施術者は患者を依存させず、自律的に心身の状態を改善させていく手伝いをする役回りです。真の治療とは、決して施術者が「自分がこの患者を治そう」と意識している限り、到達できない領域であると深く実感します。
理学気功を学んでいきますと、それは単なる治療技術体系ではなく、生き方そのものに関わる理念体系である事に気付かされます。萱沼先生がよく仰られる「治療は方便です」というお言葉は、本当に奥の深いものです。形的な治療技術を身に付けるには、それ程苦労はしません。不器用な人間であっても、繰り返しの練習によって使えるレベルに到達できる種類のものです。しかし施術者の治療家としての質、想いや理念の理解によって、治療効果自体も大きく変化します。理学気功は一生をかけて歩んでいく、道そのものでもあるのです。
妹の長男の白斑のその後ですが、現在はほぼ完治に近い形に落ち着いています。この白斑は経絡でいう胆経の毒出し症状であり、理学気功の診断技術によって日常生活の中に大きな原因(乳製品の摂取)がある事もつきとめられ、治療+日常生活の注意で症状自体も大きく改善されました。白斑によって毒を出さなくても良い状態に、自律的に身体が変化した必然です。従来の私の気功治療は、治そうと意識して毒の出口を塞ぐものでしかありませんでした。
長年キャリアを積んだ医者の診断と治療よりも、私の行った診断(とは言っても、相手の身体に尋ねて情報を引き出しただけ)と治療の方が的確に効果が出たので、子供にとっては祖母にあたる私の母などは驚き、半分・信じられない半分という面持ちでした。今では妹が、長年苦しんできた偏頭痛を改善させようと、朝食抜きを始めています。ヒエトロジー・ソックスも次第に受け入れられ、少しずつ波紋のように周囲も変化していっています。
まだまだ書きたい事は沢山あるのですが、とても書ききれません。研修を考えていらっしゃる方は、是非体験セミナーに参加してみてください。
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